（１９９４年３月）

　前年、１９９３年の３月に自転車で琵琶湖一周したことに気をよくした俺は、またチャリ旅をしたくなった。春休みを待った（つまりこれは高校生最後の春休みであり大学生になったらこんなことはできないんじゃないかという恐れのようなものが俺にあったんじゃなかろうか。というかなんで夏休みに走らなかったのか）。

　琵琶湖を回ったときのように、同じ道をできるだけ通らずに行けるところはないだろうか。

　そうだ、島だ。

　島なら起点と終点が同じで、かつ同じ道を通らずにすむ。
　島を回ろう。
　でも、いちばん近所の島である淡路島は琵琶湖と大きさが変わらない。
　大丈夫だろうけど、つまんないな。
　（俺の旅にかんしての、いちばん重要で、だめなポイントである。なにより、おもしろいかどうか、を優先してしまうのである）
　よし、じゃあついでに四国もまわろう。
　いや、ふつうは淡路島が四国のついで、か。

　前年の経験を経た俺は数段レベルアップしていた。
　そう、琵琶湖をまわったとき、地図も持たず、そのうえ地名がよく分からないので案内標識を見てもどちらへ行けばいいのかわからなくて困った経験を踏まえて、メモ帳に四国の地名を書き出して、案内標識を利用できるようにしたのだ。道に迷ったら標識を見て、メモにある地名のある道を選べばいいのだ。

　で、６９の地名を書き出した。見てもらおう。

＜鳴門−徳島−小松島−那賀川−由岐−日和佐−牟岐−海南−宍喰（以上徳島県）−東洋−室戸−奈半利−田野−安田−安芸−芸西−夜須−吉川−物部川−桂浜−仁淀川−須崎−中土佐−興津崎−佐賀−大方−四万十川−足摺岬−千尋岬−宿毛（以上高知県）−城辺−鼻面岬−内海−由良岬−津島−宇和島−三瓶−八幡浜−保内−伊方−佐田岬−瀬戸−長浜−双海−伊予−松山−北条−菊間−波方−今治−西条−新居浜−川之江（以上愛媛県）−豊浜−観音寺−仁尾−善通寺−多度津−丸亀−坂出−大崎鼻−高松−庵治−志度−津田−大内−引田（以上香川県）＞

　よほど懲りたんだとは思うけれど、地名の選び方がじつにめちゃくちゃだ。
　たとえば興津崎や鼻面岬は岬であり突き当りであり、国道や県道の通り道ではない。つまり案内板に表示されても意味がない。行ってはいけない。

　なんでこんなことになったのかというと、参考にした地図帳でいちばん大きな四国が１５センチくらいしかなかったからだ。だから川とか岬とかが入ってしまうのだな。
　つうか、そんなもんで旅ができるかよ馬鹿。というか地図もっていけよ（と今の俺はさすがに思いますよ）。

　とりあえずこの６９の地名から、均等に主要と思われる１５ヶ所を選び出して、今日はここまで走ろう、みたいな予定を立てやすくした。

　琵琶湖一周で非常に苦しめられた手のひらの痛みに関しては、荷物を前カゴに入れていたからだろう、ということで、背負うことにした。
　それによって生じる尻の痛みに関しては、おばちゃんがサドルにつけるようなクッション的なサドルカバーをつけた。自転車は前回と同じダークジャスティスだ。いわゆるシティサイクルでありつまりはママチャリだ。（写真をごらんいただければおわかりのように、最終的には荷台にくくりつけるようになりました）

　そしてレベルアップしていた俺は寒さ対策についても思いを巡らすことができた。
　出発は３月上旬を予定していたので、琵琶湖を走ったとき（３月下旬）よりも寒いのだろうと思ったんだけど、なんとなく俺のなかで「南国土佐を後にして」という単語が大きな存在となり、というか、土佐情報ってそのぐらいしかなく、南国というんだから暖かいんだろうと高をくくって、けっきょく普段着のような感じになった。
　（今にして思えば、四国＝高知という発想に大きな間違いがあるといえる。つまりぜんぜんばっちりではない）

　荷物は、かなり多かった。その中身こそ思い出せないが、おおきめのリュックにいっぱい荷物が入っていた（自転車の写真を見ていただきたい）。寝袋を持ってった九州旅をのぞけばこの旅が一番荷物の多かった旅となる。不思議だ。

　当時はまだ仏友会はできておらず、仏像への興味もそれほどなかったんだけど、『見仏記』（角川文庫）を読んだ影響からか、行きたい寺もきっちりチェックしている。当時は『仏像案内』（佐和隆研／吉川弘文館）だけしか持ってなかったので、それだけを参考に６つの寺を書き出した。

＜香川−善通寺／愛媛−太山寺／高知−竹林寺・雪蹊寺・薬師堂・金剛頂寺＞

　というか、地図も持ってないのに、寺の名前だけで行けるものなんだろうか。

　今回の所持金は、４万円ぽっきり。
　そのうち１万円を封筒に入れ、リュックの奥底に「もしものため」として封印した。俺が郵貯のカードを利用することになるのはもうすこしあとであり、このときは本当に４万円しか持っていかなかった。

３月１日（火）初日

　前回の反省を大いに踏まえて、ほぼ完璧であると自負できる準備を整えて、午前０時に俺は家を出た。１日の０時に出発したのは、出発後に、何日目で何時間経過したかが計算しやすいと思ったからだ。理由はそれだけだ（別に計算しやすくてもなんのメリットも無い）。

　家族に心配をかけまいと、「四国に行ってくる」と書き置きを残しておいたのだが、やはり家出と間違われ非常に心配をかけた。そりゃあ、朝起きたら書き置き残していなくなってるわけだからな。

　なんで秘密裏に出立する必要があるのか、と思うかもしれないが、俺にとって四国一周とは途方も無く大きなものであり、ほんとにできるかどうか不安であり、できなかったらカッコワリーのでこっそり出たのだ。別にできなくてもかっこ悪くないが。

　地図を持ってないので、とりあえず西の方へ進めばいいだろう、という意識で西進したら、大阪府を出るだけに時間をくってしまった。なんとかＲ２、国道2号線ですね、に乗り、淡路島への玄関口である明石（兵庫県）へ向かう。

　夜中の３時ごろ、パトカーが俺を追い抜いてゆき、少し前で停まった。
　中の人が俺を呼びとめた。自転車が無灯火だったからだなと思った。
　まずそのことを注意されて、何処から来て何処へ行くのかと細かく尋ねられた。
　そりゃ大荷物で真夜中に自転車で走ってんだから怪しまれても当然なんだけど。
　なぜかおれはものすごく感じの悪い応対をした。
　「どっからきたん」
　「東の方」
　みたいな。
　何処へ行くのかという問いには、四国一周をする自信は無かったので淡路島とだけ答えた。ライトを点灯して走るように、と言われたが、ライトは故障していたのでパトカーの人の意に沿うことはできず、パトカーが遠くに走り去るまで待ってからスタートした。

　明石へは朝方に著いた。
　俺は淡路島へ渡るカーフェリーの値段しか知らず、人の使うフェリーに自転車も乗せられることを知らなかったので、カーフェリー料金表の最低ランクの３０００円くらいかかるものだと思っていた。（当時はインターネットがなかったんである）
　実際には、（当たり前といえばそうだが）人の乗るフェリーがあり、自転車込みで７００円ですんだ。というか往復６０００円を見越して所持金４万円って少なすぎ。それが当時の全財産だったのだから仕方ないけど。
　ちなみに、マリンフラワーという名の船だった。当時の疲労度や感情はあまり記さないくせに、そういうことはちゃんとメモをしているんだな俺。（追記。いまは「たこフェリー」とか言うらしいですよ）（さらに追記。淡路ジェノバラインhttp://www.jenova-line.co.jpというところが運航しているそうです）

　船をおりたら、すっかり朝だった。３月とはいえ、６時を過ぎていたはずだから当然といえば当然なんだけど、乗った時が夜だったからさ。

　月並みな表現でもうしわけないが、青く澄んだ空と、冷たいけどすがすがしい空気に、気分よく路線バスなどと競争気分で全力疾走し、しばしば勝利した。ううむ、ぜんぜん寝てないはずなのに、体力は十分だ。
　今（２００５年）でこそ鳥居データにしか興味はないが、当時はまめだったので、道すがらにある神社を丹念に見てまわった。祭神をメモし、境内図をノートに記し、鳥居の写真を撮る。
　それがまあ、ちょうどいい休憩になっていたんだろう。

　そのように比較的たのしく走っていた俺の眼前に、巨大な仏像があらわれた。

　ここで常人なら驚くところだが、じつは俺は知っていた。「世界平和大観音」というのだ。
　これはまあ、全国各地に点在する馬鹿でかい観音像のうちのひとりだ。このサイトをごらんの皆さんには周知の事ながら、大仏というのは如来のことなのでこれは大仏じゃなくて大観音なんですね。
　なぜ知っていたのかというと、ここへは来たことがあったからだ。
　当時おれは小学生とか中学生とか、とにかく物心のつく前のころだったのではっきりとは覚えていないけど、淡路島でなんかイベントがあったときに、ここへ寄ったのだった。
　たしかこの観音像の下部建物へは入ることができ、１階には四国八十八か所の砂を集めて、そこを歩けば八十八か所をめぐったことになる、みたいなものがあったり、たしか中を登ることもできて、展望的なものを楽しむことができるんだ。
　そんなおぼろげな記憶を呼びもどすためにも入りたかったんだけど、まだ開館時間ではなかった。
　かといって、開くのが待つのも面倒だ。忘却の彼方とはいえ、既に見たところなんだし。（2016年現在、廃墟化しており入場はできません）

　１０時ごろ、海辺で遅い朝食をとり、大学ノートに旅日記を記した。
　日記には、すでに四国一周をする気力は失せ、淡路島一周でいいかも知れぬと気弱な事を書き残している。
（これを書いたり、加筆している今となっては、当時の疲労に関する記憶なんてこれっぽっちも残っていなくて、写真を見てもあーいー天気だなあ、楽しそうだなあ、なんて文章にしてしまうんだけど、やっぱり、しんどかったんだろうな。荷物は多いわママチャリだわ、寝てないわ、だもんなあ）

　津名町に入った。
　おのころ愛ランド、というのがある。たしか、子供のころ来たのはここだ。なんかのイベントをやっていたんだと思う。いろいろ調べてみたが、岩崎良美がここへ１９８８年に歌いに訪れているので、おそらくそのころなんだろう。８８年というと俺は小６だ。小６の記憶もないのか俺は。
　たしかここにはミニアチュアの建造物がならび、さながら東武ワールドスクエアのような感じになっていたのだった。現在は淡路ワールドパークＯＮＯＫＯＲＯという名前になっているようだ。
　ここもやはり往時を回想するために行ってみたかったが、体力がそれを許さず、通過。
　洲本市に入り、洲本城というのがあることを知るが、城は山の上にあったので、ただ写真に撮るにとどめた。淡路文化資料館へは入った。それは俺が館マニだから。

　そうこうするうち、道は内陸をゆき、俺は自転車を押しはじめた。

　午後に入り、何もないのぼり坂をぐねぐね押している俺を看板が誘う。

　朝日放送「探偵！ナイトスクープ」で紹介されたそれを、俺はもちろん知っていた。
　以降、「パラダイスもの」と呼ばれるジャンルができるきっかけとなった、あの、ナゾのパラダイス。あ、そうか、淡路島にあったんだっけ。行けるなら行きたいな。

　あと５キロ、あと２キロと、徐々に看板の表示する距離は小さくなってゆく。

　そして、山道を降っていると、料金所のような所があり、おばはんが俺を呼び止めた。
　有料道路なのかと思って自転車を停めたら、立川水仙郷に来ないかという客引きだった。
　立川水仙郷といえばナゾのパラダイスの別名(正式名称)である。ええ、喜んで行きますとも。ただ、その勧誘の仕方は紛らわしいぞ。１００パーセントひっかかるぞ。

　まあ、なかなか面白かったんだけど、ここは珍名所ファンには周知のところゆえ詳しくは記さない。かんたんに言えば秘宝館です。外にはなんか弓とかひけるところがあったような記憶もうっすらとありますが。そんなのの券を貰ったような記憶もありますね。
　今なら『珍日本紀行』(都築響一／アスペクトなら５０００円／ちくま文庫なら全２巻各１８００円）『全国お宝スポット魔境めぐり！』（別冊宝島３７８）で確認できる。Googleで「ナゾのパラダイス」で検索してもわんさか出る。

　俺にしては珍しいことだが、そこの主人と２０分ぐらい話した。
　当時はまだ、それほどメジャーではなかったのか、笑福亭学光がラジオのリスナーを連れて来た、ということを自慢げに語っていた。「学光さんは男前やから」みたいなことを言っていて、笑福亭学光には悪いが、やはりこういう施設をつくる人の美的感覚とかそういうものはちょっと常人とかけ離れたところがあるんじゃなかろうか、と思った。

　適度にくつろいだのち、そこをあとにする。

　じつは、くつろぎすぎた。

　淡路島南端に到着するころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
　淡路島の南部を走る道は、海から離れ、薄暗く気乗りのしない山道をだらだらと押し進みのぼった。今でも覚えてるなあ。

　とりあえず四国へ渡るために大鳴門橋に向かったのだが、その入口で、自転車は大鳴門橋を渡れないことを知った。
　俺は橋を渡って四国へ行くことしか考えていなかったので、非常に焦った。
　確かフェリーもあったはずだ、と思い、フェリー乗り場のあると思われるあたりまで行くが見つからない。どちらにしても、すでに最終便は出ていたろう。

　〔今日は四国には行けない〕という事実を、厳格かつ素直に受け入れた俺は、とにかく一晩をどこかで過ごそうと、丸山漁港の民宿の扉をたたいた。
　しかし、大荷物が家出に見えたのか、いっぱいだからと断られた。あー、だめだなと思って、１軒目であきらめた。当時未成年ですしね。（ちなみにこれ以降も10年以上にわたり、ビジネスホテルなどのフロントに直接トライしているが、成功したためしがない。電話だととれる）

　しかたがないので近くにあった、物置として使われているふうの、廃マイクロバスに乗り込み、朝までをそこで過ごすことにした。レジャーシートに胎児のように身を縮めて包まるが、寒くて眠れない。（レジャーシートを持ってたんですね、俺。というか、寝袋はやっぱり持ってなかったんですね）

＜明日、四国に行けないとわかれば西岸とおって帰る。もうあの暗い道を自転車押すのはごめんだ。人間がおかしくなる。＞

　当時のメモには寒さで震えた文字でこう書かれている。
　精神的にかなりマイっている様子が手に取るようにわからないでもない。
　ちなみに、これから数年を経過して、俺は＜暗い道を自転車押＞してもなんともなくなった。というか、朝に出発して、夜に山を押してようやく、「あー、おれ旅してるわ」と感じるくらいだ。

　そして、大荷物を背負ってたから、出発前の予想通り、尻が痛い。肛門付近がサドルと擦れて痛い。いわば靴擦れみたいなもんだろう。
　だから解決のしようがない。

　しかたなく句を詠んだ。

廃車バス　我がの尿する　枕元

　「枕元」とはいえ、本当に枕元に小便をしたわけではない。バスから降りてした。これはつまり芭蕉の「蚤虱馬の尿する枕元」という句をナニしたわけだ。旅先でつい博識なところを見せてしまったわけだ。誰に。

使った金
明石フェリー料金（７００）・おにぎり３個セット・パン（４６３）
　ほか、淡路文化資料館／ナゾのパラダイス／キーホルダー、とこの日は以上のものに金を遣った。金ないんだから、無駄遣いするなよな。

　走行距離　およそ１５０ｋｍ

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