３月３日（木）三日目
日付が変わっても寝る場所が見つかるわけでもなく、走りつづけていた。
ＮＨＫ‐ＡＭはクラシックを４時４０分までずっと流していた。
すでに俺の左１８０度は太平洋。太平洋の荒波がすさまじい音を立てて俺の左耳を襲う。右耳にはラジオのイヤホン（モノラルなわけだ）。
クラシックと荒波が俺の右脳と左脳を舞台に壮絶な争いを繰り広げた。しかし最終的に勝利を得たのは１０５対９４で波の音だった（判定は俺）。さすが太平洋だった。
そしてこの頃から、なぜか夜走が楽しくなってきた。寒さや眠気にも勝る、夜走の楽しさを肌で感じていた。
おぼろげに科学的に言えば、夜は気温が低いので疲れにくいのだ。暗いからちょっとした傾斜も気づかないうちにのぼっていたりするのだ。
おぼろげに心理学的に言えば、ほかに走るものが殆どいない道を、自分ひとりで独占していることによる快感、こんな時間にこんなことしてるのって俺だけなんじゃないか、という、まあ、よくわかんねえや。
朝方、ラーメン自販機を見つけ、そこで休憩することにした。プラスチックのカップに入ったラーメンは、麺がゴムのように固く、ひどくまずかった。全部食べたかは記憶にない（２００円）。
ＮＨＫを聞きながら朝を迎えた。ここでくるのは恒例の睡魔である。なにしろ５０時間ばかり走ってるくせに、寝たのは淡路島の廃バスでの２時間。
明るくなって、車も増えだしたが、休憩する事も考えず、ふらふらと走る。
眠気と、筋肉痛の次にある足の痛みと闘いながら高知市内に入るころには、さすがの俺も、体力に限界を感じだした。なんせ三日目だ。
大きめの薬店に入って、サロンパスとアリナミンＶを買った（７１９）。アリナミンＶは、店を出てすぐに飲み干した。栄養ドリンクを飲んだのは初めてだったので、なんか元気になった気がした（まあ、気がすればそれでいい）。
残りの体力に不安を感じているのに竹林寺へ向かう。でもここには仏像がいるのだから仕方がない。まだ仏友会を組織する前とはいえ、だ。
自転車をおろおろ押して山を登って寺へ。
２００円を出して拝観券を買うと、収蔵庫はあそこでカギは開いてるから、と言われ、一人で収蔵庫へゆき、重い扉を開けた。
中には誰もいない。自分で言うのもなんだが、俺みたいな人間を独りにしていいのか。
重文の十一面観音はガラスケースに入っていたが、他はみな剥き出しで壁沿いの壇に安置されている。
ぼろぼろの薬師如来や、獅子座と眷属だけがあり本尊のいない文殊菩薩（秘仏。５０年に一度公開）などよりも、俺の目をひいたのは、大威徳明王だった。
写真などで五大明王の存在は知っていたものの、実仏を見たのはこのときが初めてで、そのうえ、数ある仏像の中でも異彩を放つ、六面六臂六足でさらに牛にまたがっているという大威徳明王のスタイルは、仏像の良さをまだよく知らない俺のハートをワシヅカミ。
だれもいないのをいいことに、写真も撮った。俺みたいな人間を独りにするからだ（責任転嫁）。
上の写真は念写したものです。
その拝観券で、竹林寺のもう一つの売りである、夢窓国師の造ったという庭園も見たが、雑然とした印象であまり感動はしなかった。まあ、縁側にすわっての休憩にはなった。
結局、それだけで満足してしまい、本堂へは向かわずにそのまま下りた。本堂は更に上にあり、もう疲れきっていたからだな。
竹林寺門前のみやげ屋兼食堂で〔とりそば〕を注文。店内のテレビには「おもいっきりテレビ」が流れていて、店のおばさんは、みのもんたの言う事にいちいち相槌を打っていた。
俺が食っている途中に、新しいのに貼りかえる為か、店の人が壁のお品書きを剥がし始めて、勘定のときには店の人も値段がわからなくなり、ちょっと困った。
そういえば、出発直後から、自転車の調子がおかしかった。
チェーンがきついというか、ペダル逆回転が重い。
仕方ないなと思いながら３日がたち、高知まで来てしまった。
高知駅近くの自転車屋に見せたところ、オイルが切れたせいで、チェーンがきつくなっているという（土佐弁で「油が切れちょるけん」とか言われた）。修理というほどでもない簡単なケアを施された俺のダークジャスティスのペダルは格段に軽くなった。
これはつまり、俺は不完全マシンで土佐まで来ていたということになる。（ここで導き出される結論は一つだ。俺は頑張り屋さん、じゃなくて、俺は馬鹿。それもかなりの）
ペダルの軽くなった自転車を軽やかにあやつり高知駅へ移動して、駅の観光案内所で宿をさがしてもらうことにした。これは今日の朝、家へ電話をしたときに父から教えられた方法であり、俺は観光案内所なんて存在も知らなかった。だが、聞いてなかったら淡路島でしたように、いきなりホテルのフロントへ、とやってたと思う。そして、また野宿をするはめになっていたんだろう。
てきとうなやりとりののち、宿は簡単に俺の手中におさまった。つまり予約に成功した。
とりあえず近くのスーパーでおにぎりなどを買ってすぐに〔ビジネスホテル廿代橋（いまはオールウェイズという名前になったようです）〕にチェックイン。すぐに風呂に入った。風呂から上がって、からだじゅうにサロンパス。
せっかく金を払ってホテルに入ったのだからホテルにいなきゃ勿体ない、と当時の俺は思ったんだろう、それからまったく外出せず。
ずっとテレビを見ていたのだと思う。「笑っていいとも」が夕方５時から放送されていて驚いた。テレフォンショッキングのゲストは笑福亭仁鶴だった。
この部屋には氷水のポットと湯沸かし器とズボンプレッサーがあった。ビデオも無料だった。
ここでようやくセルフポートレートを撮影。俺は外ではほとんど自分の姿を写すことはない（恥ずかしいでしょ）。宿など、まわりに誰もいないところでしか撮らない。で、たいていは机に向かい旅日記を執筆するうしろ姿。それもたいていは全裸。このときは幸か不幸か服を着ていた。まあこんなカッコだったのだな。
鼻をかんだり顔を洗ったりする時に気づいた。
鼻が痛い。顔が陽灼けで痛む。陽灼けに冬も夏も関係無いんだな。
重い荷物を背負っても尻に体重がいかないようにしていたのだろう。手のひらを圧迫することで、指先がぴりぴりしびれていた。（家に帰ってから、手の甲の皮がむけた。指先だけだった痺れは、手のひらの外半分に広がり、それは一と月くらい続いた。治らないと思ったが治ったのでよし）
前にも書いたが、高３当時の俺は、神社に大変興味を持っており、目に入ったすべての神社に立ち寄り、祭神、境内配置図などをメモして、ノートを作っていた。有名無名、大小は全く関係なく。
このときも、初日（淡路島）では忠実にメモしていたが、だんだん面倒になって簡単に鳥居の写真を撮るだけになり最終的にはマッタクやらなくなった。そしてこの習慣は大学に入って、なくなった。
就職した今は、近隣の神社に行きまくり鳥居の写真を撮りまくっている。俺は大学時代がいちばん大人だったようだ。
そのうえ、当時の俺には未飲の炭酸飲料を見ると購入する癖があり、地方に出ると新規の発見が相次ぎ、異常に荷物が増えた。上の写真の机上を見てもらえばわかると思う。
とくにこの頃は、未食のスナックも購入する癖があったので（食って袋だけ持ち帰る）、非常にかさ張った。そのせいか知らないが、どちらもやめた。
徳島では全然見かけなかった「投稿写真」（サン出版）をようやく購入。
ぜんぜん睡眠時間が足りないので眠いはずなのだが、無料エロビデオが９時から放送ということで、頑張って見てがっかりしてから寝た。
出費
おにぎり二個（２２６） 自販機ラーメン（２００） とりそば（５００） 飲料多種（９３１／ターボＣ、ＣＡＮコーラ、アリナミンＶ、ＡＦＣサイダー、メローイエロー旧型、ミリンダグレープ、ビタセブンビッグ） ホテル（５１５０） 自転車修理（７２１） 「投稿写真」（５００）
走行距離
徳島→高知 ２４０ｋｍくらい
