７月２３日（土）五日目（最終日）

　一睡もせずに走りつづけた。
　あたりが明るくなり始めた頃（夏だから４時ごろだろうか）、目標の和歌山市は近づいてきた。前にも書いたが、実は俺が近づいていたのだ。
　そして。
　眠くなってきた。寝たくなってきた。
　下り坂に限らないが、眠いときの下り坂はとくに危ない。
　漕がないのでカラダが休み、頭がぼおっとする。
　そして一瞬、意識が飛んでしまったらおしまいで、体中の力が抜け、転んでしまうのである。
　ゆるい下り坂を走っていた俺にそれは訪れた。ふと意識がなくなった刹那、俺は自転車から投げ出され、歩道にとび乗り歩道をスタタと走って減速し電柱に腕を擦っただけで転ばずに済んだ。
　坂道を歩いて倒れた自転車のもとへ戻って、痛む腕を押さえながら思った。
　おれは幸運だ。俺はチャリ旅において幸運に支えられている。よく死なないなと思う。もし死んだりしたら二度とやらない。

　しかし、さすがに、このままでは本当に危ない、と思ったので和歌山市内のバス停のベンチによこたわり、しばし睡眠をとることにした。バス停のベンチであるからあたりからは丸見えだったが、気にしている余裕もなかった。

　５時ごろまでは寝ていたのか。
　ベンチで目覚めた俺はあたりをきょろきょろと見まわし、
「あれ、あいつはどこ行った？　そうか、先に行くって言うてたな」
　と思い、しばらく「そいつ」を追って走ったのち、「うわ､おれ一人やん」と気づき、大ショックを受けた。
　なんと、あまりの寂しさに俺は、存在しない旅仲間をでっちあげてしまったのである。それも途中まで気が付かなかったのである。
　精神的にかなりの窮地に追い込まれていたと言ってもまったく過言ではあるまい。というか完全にオカシクなってますね。ちなみにそいつが出てきたのは、旅に出る直前までいっしょに働いていたからだと思う。（だからどうだ、って話ですが）
　これは非常にまずい、と思った俺は、また眠ることにした。すでに明るく蒸し暑くなってきていたが、道路からさほど見えない草むらで朝寝をした。
　目覚めたが、もう誰と走ってもいなかった。俺はひとりだ。

　そして、ようやく大阪府に入った。ゴールは近い。
　オークワスカイシティ泉南店でパン（２０６円）やアイスボックス（８２円）を買い、田の畔のような道端で、立って食った。

　それからしばらく北へ走り、ネズミ捕りにひっかかった。
　大きめの国道は、できるだけ渋滞を減らすためか、交叉点が立体交叉になっていることがある。
　俺は当時そのことがよくわからず走っていた。
　そういった立体交叉の手前には、案内標識がある。直進は大阪、右はどこ、左はそこ、という感じに。
　俺は大阪へ行きたいわけだ。直進だよな普通。
　ほんらい自転車などの軽車両は側道をとおって、立体の下にある交叉点を直進すればいいわけだ。でもそんなこと俺は知らなかった。左を選んだらそのなんかわかんないとこに行っちゃうんじゃないか、と不安になったのだ。
　なのでそのまま直進し、陸橋を渡った。
　陸橋を下りるとパトカーがいて、警官が立っていて。呼びとめられ、陸橋は自動車専用だと叱られた。そんなん知りませんもん、という感じで上記の言いわけをした。

　大阪府立弥生文化博物館に。
　ここには以前から来たかったが家から遠いのでなかなか行く気になれなかったのだ。
　これ幸いと思い、学生料金があるのに間違えて大人料金（４００円）で入ったところをみると、よほどうれしかったのだろう。バカだから。
　おもしろかったですね。金印押し放題。
　そこには、３時間ぐらいいた。
　もうどうやったって帰れる、という安心からか、単に睡眠不足だったからか、ソファにすわり居眠りをした。服を着替えたかったが、着替えは自転車に置いてきてしまっていたので着替えず、尻の炎症を押さえるため肛門付近にサロンパスを貼った。
　はがすときにどうするのか、ということを全く考えていないが、はがす時はもう家に帰り着いているはずだ、という自信があった（たどりついてもはがす時は来るんだけど、ほら、バカだから）。

　そのまま走りつづける。１８時前に吉野家へ入り、大盛りを食う。
　水や茶がセルフだったのでガンガン水を飲んだ。普通の店のように店員と向かい合うような席ではなかったので、クサい体を気にせずにすんだ。既に大阪市内だが、詳しい場所は自分でもわかっていない。

　とちゅう、母校である高校の近くにある友人の家に行き、頼まれていたわけではないが熊野那智大社で受けた熊野牛王のお札を渡した。

　高校から家までは一度走ったことがあったので迷うことなくスイスイと自転車は進んだ。夜道ではあったが問題はない。

　家の近くまでやってきた。なじみの風景だ。数か月ぶりに見る街並みはこれといって変化はなかったが、妙な違和感が俺の心にやってきた。なんだろう、俺が変ったからだろうか。
　そして帰ってきた。自分の部屋に入った。
　四国をまわったときと同じく、妙に足の裏と床がフィットしない変な感じだ。
　そして部屋が小さくなったような気がした。

　御坊から家まで１５０キロ。通算距離は５５０キロほどだ。

買い物
　クールロック・ポカリスエット・さくらんぼなんたら・炎のゴール・カフェオレ（５３５）　『ムジナ』（２５０／古本屋に行く余裕すら見せている）　よかいち（９２７／酒を買う余裕すら見せている）　

　というわけで、この時は、下駄でチャリ旅というのにチャレンジしたわけだが、みなさんに言っておかねばならないことがある。
　下駄でチャリ旅はするな。
　上り坂でもふんばれず、思いっきりペダルを踏みしめると脱げちゃったりするのだ。（だいぶ脱げたようだ）
　それに木だから、ながいじかん歩くと痛い。（痛かったようだ）

　あ、あと、写真が見つかったのでご覧ください。旅の後の、手の甲。夏のサイクリングを５日ほどすると、こうなります。

　いちおう、地図。